
2025年の世界は、今も紛争が続き、多くの人々が傷つき、苦しんでいます。
今日を生きるための満足な食事すら得られない子どもや家族が、世界中に存在する――
その現実は、決して遠い国の話ではありません。
一方で、先進国ではごく一部の人に富が集中し、
貧困にあえぐ人々との分断が、静かに、しかし確実に広がっています。
さらに、私たちが住む地球そのものも、
温暖化、災害、環境汚染といった問題を抱え、
目を覆いたくなるような変化の中にあります。
便利さの時代に、失われていくもの
テクノロジーは急速に進化し、
私たちの生活を便利に、効率的にしてくれました。
けれどその一方で、
社会全体が
「役に立つもの」
「効率的なもの」
「成果が見えるもの」
ばかりを求めるようになっているようにも感じます。
人と人が直接向き合い、
同じ空間で息づかいを感じ、
感情を共有する時間は、少しずつ減っているようにも感じます。
「人間らしさ」とは何か。
その問いが、これまで以上に重みをもって迫ってきます。
バレエは、何の役に立つのか

「バレエなんて、何の役に立つの?」
そう問われたら、即座に答えるのは難しいかもしれません。
バレエは、すぐに成果が数字で見えるものではありません。
受験に有利になるわけでも、就職に直結するわけでもありません。
でも、私は長い時間をかけて、子どもたちと向き合う中で、確信していることがあります。
バレエは、人として生きる土台を育てるものだということです。
身体を通して学ぶこと

バレエのレッスンには、言葉で教えられないことがたくさんあります。
誰かと呼吸を合わせること。
相手を尊重し、信頼すること。
自分と向き合い、逃げずに積み重ねること。
美しさに心を動かされること。
できないことに向き合い、少しずつ変わっていく自分を感じること。
それらはすべて、技術を超えた、人としての在り方に深く関わっています。
舞台の上には、言葉はほとんどありません。
けれど、身体の動き、音楽、空気感、沈黙の中に、人の感情や人生そのものが映し出されます。
それは、データや情報では代わることのできない、人間にしかできない表現です。
舞台芸術は、人の“心”に触れる場所
このような時代だからこそ、
私は バレエや舞台芸術の存在意義 について、改めて考えています。
舞台の上には、言葉はほとんどありません。
けれど、身体の動き、音楽、空気感、沈黙の中に、
人の感情や人生そのものが映し出されます。
悲しみも、喜びも、葛藤も、祈りも――
すべてが身体を通して伝えられ、
観る人の心に、直接触れてくる。
それは、データや情報では代わることのできない、
「人間にしかできない表現」 です。
バレエが教えてくれる、人としての在り方

バレエは、ただ美しく踊るためのものではありません。
誰かと呼吸を合わせること。
相手を尊重し、信頼すること。
自分と向き合い、逃げずに積み重ねること。
舞台に立つまでの過程には、
人として生きるために必要な要素が、静かに、しかし確かに詰まっています。
だからこそ、
バレエは「技術」だけでなく、
人の心を育てる芸術 なのだと思います。
芸術は、私たちに残された希望

芸術は、世界を一瞬で変える力を持ってはいません。
けれど、人の心に灯った小さな希望は、
次の行動を生み、未来をつくる力になります。
誰かの痛みに想像力を向けること。
違いを受け入れること。
美しいものに心を動かされること。
そのすべては、舞台芸術の中で育まれてきました。
こんな時代だからこそ、
芸術は「贅沢」ではなく、
私たちが人間であり続けるための存在であってほしい。
そう強く願っています。
子どもたちの未来と可能性

小さな実践を、積み重ねていく
野沢きよみバレエスタジオが、世界の問題を解決できるわけではありません。
芸術〜バレエ〜が世界を一瞬で変える力を持っているとも、思いません。
けれど、ここに通う子どもたち一人ひとりに、人として生きる土台を手渡すことはできます。
私たちは、
その「小さな実践」を、長い時間をかけて積み重ねてきました。
そしてこれからも、変わることなく大切にしていきます。
こんな時代だからこそ、
芸術〜バレエ〜は、私たちが人間であり続けるための
希望の居場所であってほしいと。
この混沌とした世界を、これから子どもたちは生きていきます。
その未来がどうなるのか、私たちにはわかりません。
けれど、どんな時代になっても変わらないものがあると信じています。
それは、人を思いやる心。
美しいものに感動する感性。
困難に向き合う強さと、しなやかさ。
そして、自分らしく生きる勇気。
私たちが人間であり続けるための希望の存在であってほしいと、強く思います。
バレエを続けることが、すぐに何かの答えになるわけではないかもしれません。
けれど、ここで過ごした時間が、子どもたちの未来に、静かに、確かに息づいていくことを信じて。

