世界の終わりを踊る時代へ──モンペリエ・ダンス・フェスティバルが示したダンスの新しい役割

モンペリエ・ダンス・フェスティバルが示したダンスの新しい役割

世界が不安定さを増している。

戦争、気候変動、AIの急速な発展、分断される社会。
私たちは「未来はきっと良くなる」と、以前ほど無邪気には信じられない時代を生きている。

そんな時代に、世界有数のコンテンポラリーダンスの祭典であるモンペリエ・ダンス・フェスティバルで発表された作品のタイトルが、多くの人の目を引いた。

『Après moi, le déluge(私の後に洪水あれ)』。

英語では「A Dance at the End of the World(世界の終わりのダンス)」という印象的な見出しで紹介され、ニューヨーク・タイムズもこの作品を、新しい時代の幕開けとして取り上げた。


フェスティバルそのものが、新しい時代へ

1981年に創設されたモンペリエ・ダンス・フェスティバルは、ヨーロッパを代表するダンスフェスティバルとして知られている。

40年以上にわたり芸術監督を務めたジャン=ポール・モンタナリの時代を経て、現在は新しい運営体制へ移行した。

今年のフェスティバルは、まさに「次の時代」を象徴するプログラムが並び、その中心に置かれたのが、フランスの振付集団 (LA)HORDE の新作だった。


「美しい世界」ではなく、「現実の世界」を踊る

クラシック・バレエは、王子やお姫様、妖精や白鳥など、美しい物語を描いてきた。

しかし、(LA)HORDEが舞台に乗せたのは、現代社会そのものだった。

舞台には、

  • 崩れ落ちる身体
  • 混乱する集団
  • 支え合う人々
  • 境界を失っていく世界

が現れる。

そこには明確なストーリーはない。

あるのは、「今」という時代を生きる身体だけである。

彼らは以前から、SNSやデジタルカルチャー、オンラインコミュニティなど、「ポスト・インターネット」の身体表現を探究してきた集団として知られている。


終末を描いているのではない

この作品で興味深いのは、「世界の終わり」を描くことが目的ではない点だ。

崩壊のあと、人間はどう生きるのか。

人はまだ他者とつながれるのか。

身体は希望を語ることができるのか。

ダンスは、その問いに言葉ではなく身体で答えようとしている。

世界が壊れていく様子ではなく、その中でもなお踊り続ける人間を描いているのである。


バレエは、どこへ向かうのか

近年、クラシック・バレエの世界でも変化が起きている。

古典作品を大切に受け継ぎながらも、現代社会をテーマにした新作が増え、劇場は「美しさ」を見せる場所から、「今を考える場所」へと少しずつ広がり始めている。

その流れの最前線にいるのが、こうしたコンテンポラリーダンスなのだろう。

もちろん、すべてのバレエが社会問題を扱う必要はない。

『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』が持つ美しさは、これからも変わらない価値を持ち続ける。

しかし一方で、「今、この時代を踊る作品」が求められていることも、世界の舞台は静かに示している。


ダンスは、社会を映す鏡になる

芸術は、社会から切り離された特別な世界ではない。

社会が変われば、芸術も変わる。

そして芸術が変われば、人々のものの見方も少しずつ変わっていく。

だからこそ、モンペリエ・ダンス・フェスティバルで起きていることは、単なる海外の話題ではない。

それは、「これからダンスは何を表現するのか」という、世界共通の問いなのである。

クラシック・バレエも、コンテンポラリーダンスも、その答えは一つではない。

けれど確かなのは、踊る身体はいつの時代も、人間そのものを映してきたということだ。

世界が揺れる時代だからこそ、ダンスはますます重要な芸術になるのかもしれない。


バレエミュージアム編集後記

ダンスは、美しさだけを競う芸術ではありません。

時代を映し、人々の不安や希望を身体で表現し、言葉では届かない感情を共有する文化でもあります。

モンペリエ・ダンス・フェスティバルが示した新しい潮流は、「踊ること」の意味を改めて問い直しています。

世界の舞台で起きている変化は、やがて日本のバレエやダンス文化にも少しずつ影響を与えていくでしょう。

その変化を見つめ、記録し、伝えていくことも、バレエミュージアムの大切な役割だと感じています。