
「過去は死んでいない。いや、過去は過ぎ去ったものでさえない。」
――ウィリアム・フォークナー
この言葉を読むたびに思い出すのは、クラシックバレエという芸術です。
何百年も前に生まれた作品が、今も世界中の劇場で上演され、多くの人の心を動かし続けています。
古典作品とは、昔の作品なのでしょうか。
それとも、今もなお生き続けている芸術なのでしょうか。
そんなことを改めて考えさせてくれたのが、ジョージア国立バレエ団芸術監督、ニーナ・アナニアシヴィリのインタビューでした。
『白鳥の湖』は、なぜ新しく生まれ変わるのか
ジョージア国立バレエ団は、この夏ロンドンで新制作の『白鳥の湖』を上演します。
世界で最も有名なクラシックバレエ作品の一つである『白鳥の湖』。
「古典」だから変えないのではなく、あえて新しいプロダクションとして制作する。
その理由についてニーナは、長年上演してきた舞台だからこそ、新しい時代へ受け継ぐための刷新が必要だと語っています。
これは、古典作品を「壊す」ことではありません。
むしろ、古典を未来へ生かし続けるための選択なのです。
古典は、保存されるものではない
ニーナは現役時代、世界中で数え切れないほどの『白鳥の湖』を踊ってきました。
オデットもオディールも、様々な振付家、演出家、バレエ団の解釈を身体で経験してきたダンサーです。
しかし彼女は、自分の経験を誇示するような話はほとんどしません。
むしろ語るのは、
「受け取ったものを、どう次の世代へ渡すか。」
ということでした。
古典とは、完成した作品ではありません。
踊る人が変わり、
演出が変わり、
時代が変わるたびに、
新しい命が吹き込まれていく芸術です。
だからこそ、『白鳥の湖』には様々なエンディングが存在します。
悲劇として終わる版。
希望を残して終わる版。
愛の勝利を描く版。
どれが正解というわけではありません。
その多様な解釈を受け入れながら、一つの作品が150年以上も生き続けてきたこと自体が、古典の持つ大きな魅力なのです。
芸術監督という仕事
インタビューで印象的だったのは、ニーナが「自分」よりも「バレエ団」の未来について多く語っていたことです。
若手ダンサーを育てること。
新しい振付家を迎えること。
レパートリーを充実させること。
海外公演を続けること。
芸術監督とは、自分が踊る人ではありません。
自分がいなくなった後も、バレエ団が芸術を受け継いでいける環境をつくる人です。
それは、一つの作品を演出すること以上に、大きな仕事なのかもしれません。
バレエは「受け継ぐ芸術」である
バレエには、形として残るものがほとんどありません。
音楽のように楽譜だけでは伝わりません。
絵画のように作品が残るわけでもありません。
教師から生徒へ。
先輩から後輩へ。
芸術監督からダンサーへ。
身体を通して、感覚を通して、一つひとつ受け継がれていきます。
だからこそ、クラシックバレエは「過去の芸術」ではありません。
過去から受け取ったものが、今を生きる人によって磨かれ、未来へ手渡される芸術なのです。
私たちが受け取るべきメッセージ
ニーナ・アナニアシヴィリのインタビューを読んで、改めて感じたことがあります。
バレエは、技術だけを競う芸術ではありません。
受け継ぐことに責任を持つ芸術です。
一人のダンサーが舞台を去っても、作品は残ります。
一人の教師が引退しても、教えは次の世代へ受け継がれていきます。
一つのバレエ団が、新しい世代へ歩み続けるように。
そして、『白鳥の湖』が時代を超えて生き続けるように。
フォークナーの言葉どおり、
「過去は死んでいない。いや、過去は過ぎ去ったものでさえない。」
クラシックバレエとは、過去を守る芸術ではありません。
過去から受け取ったものを、自分の時代の責任で未来へ手渡していく芸術。
ニーナ・アナニアシヴィリの言葉は、そのことを静かに、そして力強く教えてくれました。
